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「本日開店」のこころ

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「本日開店」のこころ

京都の河原町三条に店を構えて80余年。
いつの時代も、来てくれるお客様に対して 満足いただけるよう努めてまいりました。
創業者が頑なに言い続けてきた 「本日開店のこころ」は 80余年経った今も 当社の根底に流れ続けています。
創業者福永兵蔵の 「本日開店のこころ」物語をご紹介します。

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私、福永兵蔵は明治三十七年十月の生まれ、滋賀県近江八幡市出身でございます。
近江八幡の小学校をでてから京都の私立商業実習学校(四条商業)に入りました。
そして大正十年に卒業しました。
当時、五条にあった「萬珠堂」という瀬戸物屋に就職しました。

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貿易部に入ったため夜間の英語塾に三年通いました。
私の仕事は神戸にある貿易商社を回ることでした。
そのうちにイギリスの貿易会社の一つである、「ウォーカー商会」と取り引きするようになりました。
幸せなことに、その支配人にたいそう可愛がられました。

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ロンドンにあるリプトン本社は、インド、セイロン(スリランカ)にあった茶園の経営から世界的な規模の紅茶の買いつけと貿易、そして百六十以上の国々での紅茶製品の販売までを統括しておりましたが、
なぜか北欧、スウェーデンと日本を含む極東だけは代理店による商売をしていたのです。
ウォーカー商会はその代理店の役を努めておりました。

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ある時、ウォーカー商会から「リプトン紅茶の宣伝を兼ねて喫茶店を経営してみないか」
とそして、ロンドンのティー・ショップの写真を見せながらこと細かに説明して下さいました。
「万事私が指導するから」と強く勧められました。
私にとってはまったくの冒険というほかありません。

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私の知るかぎり京都には円山公園に「ミルク・ホール」が二、三軒
市街にパンとミルクだけを売る「パン・ホール」が数件あるだけでした。
正直に申しましてコーヒーはおろか「紅茶」というものを一度も飲んだことはありませんでした。